
遠藤ゆう子 先生
渋谷校
やっぱり志の高い人に来て欲しいです。
いやでも、「志」って言っても、そんなだいそれたものじゃなくていいんです。
みなさん日本に来て、日本語を学ぶ生活を始めますよね。すると、だんだん日本語が上手に使えるようになって、はじめは大変だった日本での暮らしが、だんだん楽しくなってきます。日本での友達もたくさん出来ます。すると、日本に来る前とは、未来の選択肢がどんどん変わってきてしまうんです。
例えば、日本語を勉強して、将来外交官になって国連で働いて・・・といった夢を持っていた人は、日本語ができるようになった後、日本語ができるようになったからと言って、その夢が簡単にかなうわけではないと思い知るかもしれません。逆に、日本で仲良くなった友達とこのままお気楽に戯れていたいという誘惑も強くなってゆきます。なにせ、自分の国じゃないって言う開放感もありますし。日本での留学生活は、大変ではあるけれど、やっぱり楽しいですから。
そんなふうに選択肢が変化してゆく中で、みなさん卒業する頃には、日本の大学や専門学校に進学したり、日本の会社に就職したり、あるいは帰国して日本語を生かす仕事についたりするわけです。そういう進学や就職という記録は、「結果として」とても見えやすいです。見えやすいので、ついつい「進学するための日本語」や「就職するための日本語」を勉強しようという志ばかりになってしまいがちです。日本語の資格や、入学試験や、それこそ単語の数といった・・・
もちろん、そういった日本語上達の志も大事です。でも、できれば「自分はなぜ、なんのために日本語を上達させたいのか?」をしっかり考えて欲しいです。はっきりと具体的に「日本語を活かしたこういう職業につきたい」でも構いませんし、曖昧に「国と国の架け橋になりたい」でも構いません。あるいは、趣味や日課として日本語に触れていたいっていうような、ささやかな気持ちだって構わないんです。そういう、目先の利益や享楽に左右されない、しっかりした志があれば、日本語を学んでゆく過程で様々に変化する未来の可能性の中で、自分に一番最適なものを迷い無く選んでゆけるし、苦しまずに努力して勉強してゆけます。選択肢だって、より良いものが目に映りやすいので、「良い選択肢が増える」という結果につながります。
言葉は、資格やテストのための道具ではなく、そもそも人とコミュニケーションをとるためのものです。また、その言葉を使って、自分の生きる場所で自分の社会や人生を作ってゆくためのものです。自分がどこに根を下ろして、どんな人間になってゆきたいかを真剣に考えることで、「結果として」楽に勉強できますし、進学や就職にも有利に働きます。